フライを始めた頃のこと(再掲載)

仲間達と最初に始めたのはテンカラでした。山本素石氏の影響を受けてのものでした。ほどなくしたら僕以外の者が全員フライに転向しました。僕はしばらくテンカラを続けていました。

ある日、根尾川の上流へ3人で釣りに行きました。僕以外はフライです。午後になって僕もフライをやりたくなって、道具を借りてちょっとやってみることになりました。あるポイントに投げたところ(ほんとにちゃんと投げられていたのかはなはだ疑問)、マグレでサカナが出ました!合わせもなんとか決まりました。しかし、それからが「漫画」でした。

掛かったはいいがどうしたらいいのかわかりません。ただ慌てて「どうするのー?」と言うだけ。たぶん腕を高く上げていたのでしょうね。「ラインをたぐれー!」と言われても「どうやってたぐるの?」・・・

後ろへ下がろうとしてたのもあるでしょう。「何しとんのう!」と怒られます。「早ようたぐれ!」と言われてもどうしていいのかわかりません。あとは覚えていません。魚はバレたと思います。

このシーンではっきり覚えているのは「怒られた」ことだけです。今も記憶は鮮やか・・・


「最初に教えてくれよー」・・・
こういった経験が今のスクールにも生かされるように気をつけています。

今でも時々、ラインを手繰る時、グリップ・ハンドの上側からやっている方を見受けます。グリップ・ハンドにラインを通してラインを手繰らなければなりません。

フライを始めた頃の情報源は主に「中日スポーツ」でした。あとは釣りガイドの本くらい。中部地方のあらゆる川に行きました。滋賀県、三重県、岐阜県、愛知県、福井県、石川県、長野県・・・

印象に残っている川は・・・三重の「櫛田川、宮川」、福井の「N川」、石川の「大日川」、滋賀の「愛知川」。百瀬、利賀川も記憶に残っています。
愛知川は当時、いい川で、よく行きました。ただ、ヒルには往生しましたが・・・

百瀬川では大きな魚がフライに出ましたが「合わせ切れ」・・・本当に大きかった。今も脳裏に焼きついています。
長野のどこかの川で3人で釣りに行った時、斜面を上ったはいいが途中で上がるも下がるもできず、往生したこともありました。

幸い、死ぬかと思ったことはありませんでした。

タックルは安物、技術も未熟、あるのは「釣りたい!」という情熱(欲望?)だけ。それでも少しは釣れました。環境が良かったのでしょう。

しばらくして魚をリリースするかどうかの決断をせまられる時が来ました。最初の頃は少し持って帰ることもありました。しかし、考え方としてリリースするほうが良いと考えるようになりました。

でも、すぐに完全リリースとはなりませんでした。食費やガソリン代などの出費を考えると割りに合わない、損得勘定を考えたのですね。たまにいい型の魚が釣れると逡巡しました。「旨そうに」みえるのです。リリースするのが惜しいのですね。

そんな迷いが少しの間続きましたがその後は(あきらめがついた?)完全リリースとなりました。ただ、後に根尾川へ行き始めた頃だけ、少しアマゴを持って帰ったことがあります。30センチ・クラスのグラマーな姿の魅力に負けたのでした。

当時のフライはカディスとパラシュートがほとんど。あるいはジャック・デニスの「ハンピー・パターン」も使いました。巻くのが面倒なフライです。他には「アダムス」、「ライト・ケイヒル」などのスタンダード・パターンです。渓流では見にくいパターンです。

パラシュートのインジケーターもエアロ・ドライウイングなどは無く、カーフ・テールでした。これがまた、スリムに巻きにくいのです。後にシンセティック素材が出るまでは・・・

パターン・ブックも少なく、僕の技術も未熟で中々納得するものが出来なくて、1年後にはほとんど入れ替わっていました。タイング・デスクの引き出しにはケースに押し込まれた「出来損ないフライ」がたくさん収まっていました。

フックも言っちゃあ悪いですが「ろくなものが」ありませんでした。自分で針先を研がなければならない物が多かったです。爪に当てても「スベル」のです。ブランド名は内緒に(?)しますね。

ハックルも外国物は高価で手が出ません。なるべく安い物を探して使いました。当然いいものが出来るはずがありません。腕も悪い訳ですし・・・

フロータントも1、2種類しかなく、浮かないのをそれのせいにしてました。しばらくすると雑誌でフロータントの裏技や混ぜ方といったことが話題になりました。みんな苦労してたのですね。

長良川へ行き始めた頃のことです。三日市のプールでシラメを狙っている時、友人に僕のキャストをビデオに撮ってもらいました。それを見ると・・・「見られたものではなかった」です。バックのラインが大きく円を描いて後ろの岩や草に引っ掛かりそうです!当然前にも飛ぶわけがありません。愕然としました。「こんなに下手なのか!!」
こんなことが重なって「練習しよう!」と思ったわけです。しかし、そう上手くいくわけもなく、その後根尾川である方に合うまではあまり進歩はありませんでした。

「合わせ」も最初は(というか、しばらくは)大きく、力強かった(笑)。なにせテンカラの1.5号が「ブチブチ」と切れるのです。フライに転向してからも合わせの悩みは続きました。友人にもしょっちゅう笑われていました。




















tag : フライ・スクール フライ・フィッシング・スクール キャスティングスクール

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百瀬川

柚木さんと一緒に行った百瀬川今でもはっきり覚えています。川の倒木の下から出たマス凄くでかかった。が合わせ切れお互い今ほど上手くなかったから。と僕の車のフロント硝子一面の虻と。

懐かしいなあ!

どうもです。
今となっては「微笑ましい」思い出です。あの頃の情熱を今も持ち続けているか?そうありたいですね。
柚木
プロフィール

YUKI携帯09034596804

Author:YUKI携帯09034596804
柚木光宣。(ゆきみつのり)三重県、いなべ市在住。フライ歴39年 主に中部地区の渓流に通う。ここ23年は春は本流でマッチザハッチの釣りを楽しむ。
大安トラウトレイクに14年間勤務。他の趣味はブル-グラス(アメリカのアコ-スティック・カントリ- ディキシー・チックス、サードタイムアウト、ドック・ワトソン、カーター・ファミリーなど)、山本潤子、ゴスペル、ジャクソン・ブラウン、イーグルス、NFL、山の幸、山歩き、キャンプ。

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